最近のトピック

バナー
奇跡のリンゴ ― 「絶対不可能」を覆した農家・木村秋則の記録

いやはや、久しぶりにとんでもない本を読みました……。

image

無農薬でリンゴを育てるという偉業を成し遂げた、青森の農家の木村氏の軌跡を描いたノンフィクション作品。もともとは 2006 年に NHK のプロフェッショナル・仕事の流儀で採り上げられた方なのだそうですが、その挑戦を本にしようという企画が持ち上がり、ノンフィクション作家である石川氏がインタビューを重ね、一冊の本にまとめたのがこの本。

私は先日のホームパーティでこの NHK のビデオを拝見させていただいたのですが、興味が湧いてこの本を読んでみたら、これがもうとにかくとんでもない一冊としかいいようがなくて、読み始めたら全く止まらず、仕事そっちのけで 2 回繰り返して読んでしまったほど。今まで巡り合ってきた数々の良著の中でも、5 本の指に入るんじゃないだろうか、というぐらいの素晴らしい一冊でした。

そもそも奇跡のリンゴとは何なのか?

私は全く知らなかったのですが、リンゴというのは害虫や病気に極端に弱い作物なんだとか。我々が普段接しているリンゴは昔から自然界に存在してきたリンゴではなく、19 世紀に入ってから品種改良を重ねて、実を大きく甘みを強くしてきたもの。その過程で農薬が大量に使われ、結果として現在のリンゴは害虫や病気に極度に弱い作物になってしまったのだとか。もちろん木村氏もかつては農薬や肥料を使ってりんごを育てていたものの、奥さんが極端に農薬に弱い体質であったことや、農薬で皮膚がかぶれたこと、本で無農薬栽培の話を知ったことなどをきっかけに、農薬を使わないりんごの自然栽培に挑戦し始めることになる。

ところがりんごを農薬も肥料もなしで育てるのは、実際には狂気の沙汰に近い。確かに稲や麦、あるいは他の果物では無農薬栽培に成功している作物はかなりある。けれどもりんごに関しては前述のような理由もあり、無農薬栽培に挑戦し始めるとあっという間にりんご畑が荒れていく。病気や害虫にやられ、次々と枯れていくりんごの木。3 年たっても 4 年たってもリンゴは全く実らず、木村家の一家は極貧生活を強いられることになる。それでもなお木村氏は、無農薬栽培への挑戦をどうしても捨てられない。なまじ他の作物では成功しているだけに、りんごの無農薬栽培の夢を諦められず、どん底への一本道を突き進んでいく。周りからどんなに窘められても決して首を縦には振れない。

ありとあらゆる農薬のかわりを探し、肥料もすべて変え、やるべきことはすべてやり尽くしたにもかかわらず、悪化する一方のリンゴ畑。家族をこれほどまでに困窮させ、万策尽きてもなお夢を諦められない木村氏は、6 年目の夏、ついに自殺を決意する。ロープを片手に山に登り、山奥に踏み入っていよいよ意を決しようとしたとき、ふとそこにあった木に目が止まる。なぜこの山の木は、農薬も全くなしにこれだけ葉を青々と茂らせ、実をたわわに実らせているのか? 決定的に違ったこと、それは地面と土。雑草は生え放題、地面は足が沈むくらいにふかふかの土。けれどもそこに、山の木は力強く根を張りめぐらせている。彼はそこに、自らの考え方の根本的な誤りを見出す。

そもそもリンゴが虫や病気にやられてしまうのは、リンゴの木が弱ってしまっているため。確かに農薬はいとも簡単にそれらを片付けてくれるけれども、それはリンゴの生命力を削ぐことに他ならない。山の中の木だって病気や害虫の攻撃にさらされているはずなのになぜ元気でいられるのか? それは山の中の木そのものが本来的な生命力を持っているため。掘っても掘ってもやわらかく温かい土は、自然の生態系が作り出した賜物であり、その生態系の中に山の木が力強く根を張り、そして生きている。リンゴが本来の生命としての力の強さを取り戻す、その手伝いをしなければならないということに木村氏は気づく。

そして彼は、複雑で自律した自然の生態系を、自らのりんご畑で再現することに腐心する。もちろん、今のりんごは自然のものではないため、独自の生態系を作りだす必要がある。そのために、彼は今まで重ねてきた、研究者顔負けの独自の研究をさらに深め、発展させていく。雑草を敢えて伸び放題にすると、雑草が土を耕してくれる。農薬のない彼の畑には自然と虫たちが集まってきて、豊かな生態系が生まれてくる。害虫を食べる益虫も繁殖するため、害虫被害も大きくならない。さらに葉の表面には大量の菌が繁殖するようになり、病気の発生も抑えられるようになる。そのバランスが崩れそうになったときにのみ、害虫の卵を手で取ったり、病気を防ぐために酢酸を散布する。そしてそれを繰り返し、ついに 8 年目の春、彼のりんご畑に一面の花が咲き乱れる。……というお話なのですが。

もうこれがホントにとんでもなくすごいのですよ。
なんつーか、もう壮絶というか、とにかく感動するとしか言いようが。

木村氏が絶望の淵に見つけたもの、それは発想の転換。もともと木村氏は、トラクターをはじめとする農業の効率化に非常に興味を持っていて、作物は自分が制御して育てるものだという発想からなかなか抜け出せなかった。結果としてリンゴについても、どうやったらリンゴを無農薬で育てられるのか、ということばかり考えていた。けれども、そもそも自然ってそういうものじゃないよね、ということに気付いたところから、木村氏の発想の転換が始まっていく。

「リンゴの木は、リンゴの木だけで生きているわけではない。
周りの自然の中で、生かされている生き物なわけだ。
人間もそうなんだよ。人間はそのことを忘れてしまって、自分独りで生きていると思っている。
そしていつの間にか、自分が栽培している作物も、そういうもんだと思いこむようになったんだな。
農薬を使うことのいちばんの問題は、ほんとうはそこのところにあるんだよ。」

見方を変えた瞬間に、今まで全く見えなかったものが次々と見えるようになっていく。自分が探していたものが、結局は農薬の代替品であり、やろうとしていたことが以前とまったく変わっていなかったこと。無数の生き物の活動によって生み出され、複雑に絡み合ってバランスしあう生態系、それこそが、りんごにとって最も育ちやすく、りんごが最も健康でいられる環境であること。そして、自分が影からいろんな人たちに支えられてここまでたどり着くことが出来たということ。

「人間にできることなんて、そんなたいしたことじゃないんだよ。
みんなは、木村はよく頑張ったっていうけどさ、私じゃない、リンゴの木が頑張ったんだよ。
…(中略)…
畑を埋め尽くした満開の花を見て、私はつくづくそのことを思い知ったの。
この花を咲かせたのは私ではない。リンゴの木なんだとな。
主人公は人間じゃなくてリンゴの木なんだってことが、骨身に染みてわかった。」

そしてさらに驚くのは、木村氏はその技術をすべてオープンにし、さらにそのりんごも一般的なリンゴの値段から決して釣り上げようとしないこと。これだけマスコミにも取り上げられ有名になったこのリンゴは、その味や希少価値を考えればいくらでも値段を釣り上げられるに違いない。にもかかわらず、木村氏は頑なにそれをしない。技術はすべてオープンにし、必要があればほぼ無償で全国各地、さらには海外へも足を運んで自らの技術を伝えようとする。無農薬・無肥料の作物を贅沢品とするのではなく、いつかそれが当たり前の品になることを夢見て、日々努力を重ねていく。その生き様は、ホンモノとしか言いようがない。

ノンフィクション作家である石川氏の筆致の素晴らしさもあるものの、それを差し引いても、行間から伝わってくる木村氏の人柄の良さと情熱と想いに感動させられっぱなしになることしきり。そしてなにより、その心意気もさることながら、恐ろしいほどの努力家であり研究家であることにも唸らされます。リンゴにかかわることなら知らないことは何もない、というぐらいに、リンゴだけのことに留まらず、害虫や益虫、細菌や病気に博識で、さらには独自に研究を繰り返し、新たな栽培方法を模索し続ける。

NHK のプロフェッショナル・仕事の流儀に出演した木村氏は、プロフェッショナルとは何か?という問いかけに対してこう答えました。

「技術も心も一緒に伴った人が、プロじゃないでしょうか。」

地獄を見て、そこから這い上がってきた経験を持つからこそ言える、重みのあるひと言。絶対に不可能と言われてきたリンゴの無農薬栽培を実現するという偉業を達しながらも、穏やかで温和なその表情には、本当に頭が下がる思いがします。ぜひ一度、読んでみてほしい一冊です。


トラックバック(0)

トラックバックURL: http://www.pasteltown.com/akane/games/blog2/mt-tb.cgi/137


コメント(3)

読了しました。

すいません。

大泣きしました。

名著紹介、ありがとうございます。

ではでは。

農業問題を浅薄ではあるがカンタンに書いたので、ホームページを見てください。

すごい!!

コメントする


2014年9月

  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        

Recent Comments

  • 奇跡のリンゴ ― 「絶対不可能」を覆した農家・木村秋則の記録
    あいうえお
  • 奇跡のリンゴ ― 「絶対不可能」を覆した農家・木村秋則の記録
    かかし
  • 奇跡のリンゴ ― 「絶対不可能」を覆した農家・木村秋則の記録
    にくやさいいため